【短編(2)】橋の上で・・・
お前たちだって俺のことを馬鹿にしているだろう。
ただの禿げ散らかした冴えない運送屋だと思っているだろう。
しかし俺は今、とてつもない力を手に入れた。力を手に入れたんだ。
残念だよ、俺をさんざん蔑んできた奴らのご期待に沿えなくなってしまってよ。
俺の人生は変わるんだ。
どう変わるかって・・・・?
今から話してやろう。おれは「見る」ことができるんだ!
おれがこの仕事をし出してから6年ほどになる。都心の市場に勤めていて、毎日そこから郊外の倉庫へ野菜を、見てのとおりこの三菱の4トントラックで配送するだけのしがない仕事だ。ただの運転だろうと言うけど、夜道は眠いし些細なことで事故が起きるからストレスが溜まる。おれも何度もぶつけたもんだからこのバックミラーなんて曲がって歪んじまってもう役に立たない。さっきの婆さんも危なかったなあ。
荷運びもあるから重いしきついし、市場や倉庫の連中に文句を言われることもあるし碌なもんじゃないよ。ちょうど今向かっている倉庫の今日の担当者も変わった奴でさ、実は今ちょっと憂鬱なんだよ。
それでまたこの制服を見てごらんよ。おかしな色でよれよれで、オシャレさのかけらもないしさ、これ着て外に出るの恥ずかしいんだよな。今時緑だよ緑。どこかの都知事でもないんだしみっともないからこんな色早く変えろっての。
そんなもんで同業者もおかしな奴が多いな。おっさんばっかりだけど、まずモラルや一般常識ってもんがない。途中で昼寝する奴、さぼって女のところに寄る奴、しまいにゃ大事な商品である野菜を勝手に食う奴・・・・まあ最後のはいつもおれもやってしまうんだが、なんていうかまさに底辺というやつだな。しょうもない仕事にしょうもない同業者、おれには到底似合わない。最悪だ。
違う、違うんだ、おれは大卒だぞ、中央大学。1年留年はしたけど新卒で某大手メーカーに就職してバリバリやっていたよ。ホワイトカラー中のホワイトカラー。しかもただの社員じゃない、同期の中で係長に上がったのは早い方だったしいわゆるキャリア組に数えられてめちゃくちゃ期待されていたんだ。そんでもって同じ部署で年下のかわいい彼女もいた。
はあ、マジであのクソ後輩さえいなければなあ。あいつさえ来なければおれはまさに順風満帆だったんだ!奴がおれの部署に異動してきた日のことは未だに覚えている。その日からあの子は俺の目の前から消えた。それまではいつも挨拶してくれて、仕事以外でもすごく話しかけてきてくれた。昼食を一緒に食べたこともあった。ん?それは彼女じゃないんじゃないかって?違う違う、見てもない癖に偉そうなこと言うな、おれが彼女と言えば彼女なんだ。おれは荒れた、荒れたよ。怪しかったから二人の家にも付いていったりしたがそんなんじゃあ収まらなかった。あの子の親御さんの家に電話したりもしたよ。それでそこから色々あって社長から呼ばれ、無事早期退職してやったわけさ。
ああ、本当なら今頃結婚して子供にも恵まれて、俺の実力なら総務系の課長か部長だったろうなあ。そして郊外に一軒家建てて憧れのマイホーム生活。ストレスでこんなに髪の毛がやられることもなかっただろうに。
クソ、思い出してきた、許せん、許せない。あの野郎だけには絶対に目にもの見せないといけない。元々おれの方が人間的に上なんだぞ。死ぬまでにおれの方が奴より勝ち組になっているべきだし、絶対にそうなるんだ。
そうだ、そうだよ思い出した、そう、そういう奴らをあっと言わせる機会がついについに訪れたんだよ。
聞いて驚くな、おれには「見える」んだ。前回のおれの配送日、そう3日前だよ。いつもの倉庫までの道に大川があって、そこに架かっているあのなんとかって橋の上でさ。おれはそんな霊感的なものはこれまでなかったしもちろん幽霊や妖怪の類は見たことがなかったから、正直自分でもびっくりしている。でも確かに見えたんだ。この目で見たんだから間違いない。ガキのころ絵本で見たまさにあの姿だったよ。意外と人間臭い感じだったかもな。
いやあ、あんなもの本当にいるんだなあ。驚くな、3日前のことなのに新聞もテレビも騒いでないし、見えたのはどうもおれだけらしいんだよ。もうマジで自分の才能にはくらくらしちまうぜ、勘弁してくれよ。今の今まで取っとくなんて神様もいたずらなもんだぜ。ここまでおれを待たせやがって。
あの時は焦って何もできなかったけど、今日はこのためにちゃんと一眼レフを持ってきている。幸い倉庫の納品まで全然時間もあるからゆっくりこの高性能カメラで仕留めてやるぞ。店員によると過去に心霊写真とかも撮ってる代物らしいし、これで準備はばっちりだ。
おう、そうこう言ってるうちにもう少しで大川だな。おい、おれよ、心の準備はいいか?・・・
ほら、川が見えてきたぞ。橋も見えてきた、いたいた!あの緑のやつ!橋の真ん中くらい、欄干の上かな!?おお食ってる食ってる!やっぱ河童ってキュウリ食うんだよな!頭に皿みたいなのもある!よし写真写真、そしてテレビ局に電話だ!
男の目の先にある曲がったバックミラーには、川の水面にちょうど反射して、カメラを手にしてはしゃぎながらキュウリを咥える頭頂部の寂しい中年男の姿が確かに映っていた。